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クラシック・アルバムガイド

Affenstunde

Popol Vuh · 1970年 · クラウトロック/アンビエント/スピリチュアル音楽

1970年にドイツのLibertyから発売された『Affenstunde』はPopol Vuhの器楽デビュー作。A面にIch mache einen Spiegelとしてまとめた3曲、B面に約19分の表題作を収める。

1970年発売器楽デビュー・アルバムLiberty LBS 83 460 I
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作品

基本情報

アーティスト
Popol Vuh
発売
1970年
アルバム
スタジオ・デビュー作
オリジナル構成
索引上全4曲
スタジオ
Bavaria Musikstudios(ミュンヘン)
なし

重要な理由

Moogが電子的な珍品でなく環境になる

『Affenstunde』はMoogモジュラー・シンセサイザーを、既知の楽器を模す装置でなく独自の音楽形式の源として扱う。Florian Frickeの電圧制御音、Holger Trülzschのアコースティック打楽器、Frank Fiedlerのミックス判断が相互依存する一つの実践を形づくる。A面はIch mache einen Spiegelにまとめた3曲で素材を露出し、密度、沈黙、リズムの振る舞いを急速に変える。表題作はB面全体を占め、その発見を長く連続する環境へ統合する。

打楽器は電子音が身体性を失うのを防ぐ。皮、金属、手で加える打撃が電圧に物理的な尺度を与える。突然の登場、消失、空間変化が電子層の振る舞いを決めるため、Fiedlerのミックスは作曲そのものだ。歌唱も語りもなく、ここでのInstrumentalは実験音楽に自動で付す分類でなく根拠のある区分となる。重要性は、単独でアンビエントやドイツ電子音楽を発明したという裏付けのない主張ではなく、記録された1970年の発見過程にある。

1970年、ミュンヘン

ミュンヘンの3人が、地図のない機械を発見する

Popol Vuhはミュンヘンで、Florian Fricke、音響設計/ミックスのFrank Fiedler、打楽器奏者Holger Trülzsch、プロデューサーBettina Frickeを中心に始まった。Frickeは、まだ珍しく操作知識も広まっていなかった時期にMoog IIIモジュラー・システムを入手。後に、説明書なしでほぼ絶えず実験し、可能性を探ったと回想した。アーカイヴ資料は、自宅または農家でのテープ機器を用いた作業と、ミュンヘンのBavaria Musikstudiosでのセッションを記す。

グループはLibertyと契約し、同社は1970年に『Affenstunde』をLBS 83 460 Iとして発売した。Bettina FrickeとGerhard Augustinがプロデュースし、Fiedlerがシンセサイザーのミックスダウンを担当。Frickeは録音を、個別に完成させた多数のテイクを組むのでなくライヴ的な過程だったと説明した。『In den Gärten Pharaos』が電子音期を引き継ぎ拡張した後、『Hosianna Mantra』でPopol Vuhは声を中心とするアコースティック編成へ変わった。

オリジナル3人編成

合成音、ミックス、打楽器を等しく作曲として扱う

Florian FrickeMoogシンセサイザー、ピアノ
Holger Trülzschアフリカ/トルコの打楽器
Frank Fiedlerシンセサイザーのミックスダウン、音響設計
Bettina Frickeプロデュース、ジャケット設計
Gerhard Augustin制作
Alfred Steffenジャケット設計
Popol Vuh作曲、編曲
Bavaria Musikstudios記録されたミュンヘンの録音場所

FrickeはMoogを一つの安定したパッチを持つ鍵盤として使わない。変化するエンヴェロープ、フィルター、音高、ノイズ源が進化する有機体を作る。Trülzschは全箇所を反復するロック拍子へ固定せずリズムを供給する。手打楽器は脈動を築き、遮り、あるいは電子音の持続を測れる尺度を示す。Fiedlerのミックスは近さと連続性を決め、スタジオ卓を器楽合奏の一員にする。

Bettina Frickeの制作役は当初の創作構造に属し、後年の伝記的脚注へ縮小すべきではない。Augustinは共同制作を担いながら、実験過程をLibertyの発売へ結ぶ。グループ名義の作曲クレジットは、旋律だけでなく演奏、音響設計、編曲から生まれた結果を反映する。歌手は記録されておらず、後年のPopol Vuhの歌い手をデビュー作へ遡って当てはめてはならない。

Moogと打楽器

電圧、テープ、皮、不安定な空間

作品は低い電子ドローン、高い発振音、脈動音型、ノイズの噴出、共鳴する打楽器の間を動く。Moogの音色は弦、金管、オルガンの個性にほとんど落ち着かず、電子的構築へ注意を向け続ける。テープとミックスの変化が層を突然切り、沈黙を能動的な境界にすることもある。Dream Part 4は、リズムが安定した案内役となる前に大きく宙づりの空間を築く。

Dream Part 5は活動を圧縮し、遮断をいっそう前面へ出す。Dream Part 49は打楽器と電子的身振りの交換を長くし、B面の規模を準備する。Affenstundeでは約19分にわたり動機が回帰するが、通常の主題と変奏にはならない。アコースティック打楽器が、限りなく見えるシンセサイザー空間へ絶えず応じるため、音は触覚性を保つ。

全曲ガイド

3つの夢と、表題作だけの片面

01

Ich mache einen Spiegel: Dream Part 4

最初の原盤索引曲は、ドイツ語で「私は鏡を作る」を意味するA面連作を始める。後年版は冒頭部分を別題へ分けることがあるが、1970年Libertyの曲目はDream Part 4を一つの完全な曲とする。電子音が浮遊し、下降し、遠のき、打楽器が不規則な接点を築く。鏡は過程の像として有効だ。音はテープ、フィルター、空間配置で変えられて戻る。曲は夢を物語らず、音源と反射を分けにくくするほど知覚を不安定にする。広い規模で素材を導入し、短い第2部へ進む。

02

Ich mache einen Spiegel: Dream Part 5

Dream Part 5はA面の電子語彙を凝縮する。打撃とMoogの出来事が短い身振りで出会い、ミックスは連続性を作るのと同じ速さでそれを消せる。後にPart 49へ進む番号は意図的に非連続で、架空の年代順へ修復すべきではない。Part 4に比べ、開けた風景より即時反応の室内に近い。対照と遮断を構造化し、単一の連続ドローンでなく振る舞いの変化によってA面組曲を発展させる。

03

Ich mache einen Spiegel: Dream Part 49

最後の鏡の部分は再び広がり、電子的脈動と手打楽器をより持続的な関係へ導く。Part 49は印刷された題名で、先行する48の夢録音が物語順に復元可能だという証拠ではない。音はノイズから現れ、リズムの個性を得て、予測可能になる前に溶ける。Fiedlerのミックスは音高と同じほど決定的に距離を変える。A面の終わりとしてAffenstundeを予告するだけの連続性を組み立てつつ、連作の生々しく非連続な性格を保つ。盤を返す動作が、実験と統合の境界となる。

04

Affenstunde

表題曲はB面全体を占める。Frickeは後に「猿の時間」を、人間が人間となり自己認識と想像力を得る瞬間と説明した。この記録された連想は、進化について架空の筋書きを置くより確かだ。Moogの層が移ろう地盤を作り、Trülzschの打楽器が物理的な周期、アクセント、摩擦を与える。長い持続の中で暫定的な秩序が現れては崩れる。露出した3つの研究からなるA面と違い、表題作は細部の関係を絶えず交渉し直す一つの環境として振る舞う。歌、声、通常の終止なしにデビュー作を閉じる。

猿の時間

反射、夢、人間への閾

Ich mache einen Spiegelは反射、複製、変形によってA面を枠づける。Dreamという題は連想的な聴取を促すが、固定した物語や精神分析的主張を示さない。Part 4、5、49への飛躍は順序を開いたままにし、通常の時系列への期待に抗う。FrickeはAffenstundeを、猿が認識と想像を通じて人間になる閾と説明した。

その説明は題名を時計上の文字通りの一時間でなく出現へ結ぶ。電子音の発見も同じ閾を映す。未知の電圧が注意を通じて意図的な音楽になる。アコースティック打楽器は想像上の変化を身体的かつ地に着いたものに保つ。4曲は知覚と生成の場を共有するが、名を持つ登場人物による記録された物語組曲ではない。

Liberty見開き盤

技術と風景を結ぶ見開き装丁

ドイツLiberty原盤はカタログ番号LBS 83 460 Iの見開きLP。確立した作品資料ではBettina FrickeとAlfred Steffenがジャケット設計に記載される。内装の風景像は自然の静けさを、大型モジュラー電子システムで作った音楽と対照させる。ただし、シンセサイザーが画像の環境を文字通り模倣するという意味ではない。

A面の見出しは3つのDream曲をまとめ、表題曲はB面に単独で置かれる。後年のジャケットやCD配置は、平坦な曲目一覧にしてこの階層を見えにくくすることがある。一部の版はDream Part 4を2索引に分け、音楽を追加せず見かけの曲数を変える。忠実なガイドはLiberty盤の4部構造を保ち、後年のナビゲーション上の変形を別に認める。

デビュー・アルバム

Liberty盤が記録するミュンヘンの新たな電子音実践

Libertyは1970年、ドイツで『Affenstunde』をPopol Vuhのデビュー作として発売した。当時の報告は、3人がMoog合成音をアコースティック楽器の模倣へ還元できない音に使ったと捉えた。Frickeは後に、世界的商業成功を主張せず、熱心な専門的聴衆について語った。また自身の技術的限界と不安定なテープ機器同期を批判的に述べた。

その留保も作品史の一部であり、苦もなく熟達したという神話へ変えてはならない。裏付けのないチャート順位や正確な売上数はここに付さない。本作は『In den Gärten Pharaos』へ続く短い電子音期を確立した。後のアコースティックへの転換は、デビュー作を時代遅れの草稿にするのでなく、より独特なものにした。

電子音の起点

不完全さも聞こえる電子音初期の里程標

『Affenstunde』はドイツ電子音楽初期の里程標として頻繁に論じられる。最も強い歴史的根拠は具体的だ。1970年Liberty発売、Moog IIIの探究、アコースティック打楽器、ミックス中心の作曲である。本作は電子音楽が身体的なリズムを捨てる必要はないと示す。Fiedlerの能動的な空間ミックスは後年のスタジオ実践を先取りするが、彼が発明したという主張は不要だ。

表題曲の面が長編として説得力を保つのは、回帰する脈動と音色が既定のシーケンスでなく相互作用から生じるためだ。Frickeによる後年の技術批判は成果を消すのでなく複雑にする。再発盤は入手性を高めた一方、索引分割や無関係な別作品素材を導入した。遺産は、露出したDream研究から電子音と打楽器を統合した環境へ進む原盤両面の流れで最もよく聴き取れる。

原盤の4曲

原盤の4部構造を取り戻す

1970年原盤LPA面にDream 3曲、AffenstundeがB面全体を占める。
索引上の注意一部CDはDream Part 4を2曲に分けるが、Libertyの曲目には主要索引が4つある。
ボーナスの境界In den Gärten Pharaos、Bettina、Train Through Timeは『Affenstunde』原盤の曲ではない。

正規アルバムは索引上4曲。Ich mache einen SpiegelはA面のまとめであり、原盤LP上の独立した第5曲ではない。Dream Part 4がA面を開き、Dream Part 49が閉じる。AffenstundeはB面全体を占める。

1991年Bell CDは次作のIn den Gärten Pharaosを追加する。他の再発盤はBettinaやTrain Through Timeを加える。声はなく、Instrumentalという分類は適切だ。ボーナスと隣接作品の素材は1970年ガイドの外に置かなければならない。

聴き方の道筋

生の素材から片面全体の統合へ進む

  1. Dream Part 4をLiberty期の一つの完全な索引曲として聴く。
  2. Part 5が一つの安定したパッチを続けず、密度を変える様子に注目する。
  3. Part 49では打楽器を最も確かな身体的基準として追う。
  4. 表題作の前、盤を返す位置で一度止める。
  5. Affenstundeが暫定的なリズム中心を築き、手放す流れに委ねる。
  6. 2度目はFiedlerによる距離と沈黙の変化へ集中する。
  7. 続いてIn den Gärten Pharaosと比較し、デビュー作に追加されたCD収録とは区別する。

調査経路

出典と参考資料

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