「第五のBeatle」の代名詞になる前のGeorge Martin
George Martinに関する大衆的な記憶はThe Beatlesにあまりにも強く支配されているため、彼のキャリアは1962年に4人の若者がEMIへ現れた瞬間から始まったかのように見えることがある。Jeremy Hornsbyとの共著で1979年に初版が刊行されたAll You Need Is Earsが重要なのは、Martin自身の語りがその単純化を拒んでいるからだ。彼は幼少期、戦時中の軍務、音楽教育、EMI、Parlophone、コメディやノベルティ・レコード、クラシック作品、そしてThe Beatlesが彼の公的イメージを一変させる以前のレコード制作という職業世界について書いている。その前史が、のちの協働がなぜ機能したのかを説明する。Martinは楽譜を読み書きして編曲でき、スタジオの手順を理解し、すでに独創的な編集や演出を必要とする録音を経験していた。The Beatlesは並外れた楽曲と急速に拡大する野心を持ち込み、Martinは彼らの型破りな要求を実現可能な音楽構造へ翻訳するための専門的語彙を持ち込んだ。
ロックが権威を持つ前のParlophone
Martinが指揮を執り始めた当時、Parlophoneは革命的なロックの当然の居場所ではなかった。彼の仕事にはコメディ・レコードも含まれ、そうした作品では、録音を通常の演奏を忠実に記録する以上のものとして考える必要があった。The Goonsは特に重要で、コメディ録音では編集、間、エフェクト、テープ操作が作品の成立に関わり得た。後年のThe Beatlesのセッションで、録音素材を組み立て、変形し、その場では自然に存在しない効果を生み出すことが重要になるまで、こうした技能は一見まったく別世界のものに見えるかもしれない。Martinのキャリアは、ある分野の技法が別の分野へ移されたときに革新的になるという、より広い歴史的原理を示している。The Beatlesは「発明されるのを待っていた空っぽのスタジオ」に現れたのではない。彼らは、蓄積された方法をより大胆なポップ・レコードへ転用できる専門文化の中へ入ってきたのである。
後知恵の童話なしでThe Beatlesとの出会いを見る
定番の伝説では、George MartinはThe Beatlesを見た瞬間に比類なき天才だと見抜いたことになりがちだ。彼の回想録が示すのは、もっと実務的で、それゆえ興味深い過程である。初期のEMIとの関係は業界上の事情の中から生まれ、Martinはバンドの演奏力の一部に懸念を持ち、Pete Bestのドラムは録音をめぐる最初期の大きな人事問題の一つになった。最終的にRingo Starrが加入したものの、初期の録音日にはセッション・ドラマーのAndy Whiteも起用されている。Martinの語りはあくまで当事者の記憶であり、正確な時系列が重要な箇所ではアーカイブ史と照合すべきである。本書の特別な価値は別のところにある。彼はミュージシャンとレコード会社の間に立ち、楽曲、演奏、そしてまだ何者でもなかったバンドをプロの録音システムの中でどう機能させるかについて判断していた。
想像と記譜の間を翻訳する編曲家
The Beatlesの野心が広がるにつれ、Martinの正式な音楽教育はますます重要になった。彼は一般的な記譜を流暢に読み書きできた一方、バンドは主に耳、実演、口頭説明によって作業していた。その非対称性は制約ではなく、生産的に働いた。LennonやMcCartneyが、正式な譜面にはできないサウンドを思い描いたとき、Martinはその発想を外部ミュージシャンが演奏できるパートへ翻訳できた。"Yesterday"の弦楽四重奏は初期の例であり、のちには"Eleanor Rigby"の弦、"Penny Lane"のピッコロ・トランペット、"A Day in the Life"のオーケストラによるクレッシェンドなどが続く。だからといってMartinがThe Beatlesの「秘密の作曲家」になるわけではない。異なる専門性同士の協働がどう機能するかを示しているのだ。ミュージシャン側が音楽院式の編曲家になる必要も、Martinが独学のロック・ギタリストになる必要もなかった。その違いがあったからこそ、どちらか一方だけでは作れないものが生まれた。
プロデューサーとエンジニアは同じ仕事ではない
大衆的な語りでは、どちらも舞台裏の仕事であるため、プロデューサーとエンジニアの役割が混同されがちだ。Martinはプロデューサーとして、芸術的判断、編曲、演奏上の決定、そしてアーティストと録音工程全体の関係を担った。Norman SmithやGeoff Emerickのようなエンジニアは、EMIの業務構造の中で技術的な録音責任を担った。ただし、セッションがより冒険的になるにつれて、創造上の境界は重なることもあった。この違いを理解すると、MartinとEmerick双方の回想録がより役立つ。同じ録音でも、語り手がアレンジを決める人なのか、特定の音を物理的にテープへ収める問題を解く人なのかで、まったく違って見える。二つの資料を合わせることで、Abbey Roadは「魔法の部屋」ではなく、複数の専門家の共同作業によってThe Beatlesが直接的なポップ録音から高度に構築されたスタジオ作品へ移っていった組織として見えてくる。
The Beatlesは遺産の中心だが、キャリアのすべてではない
Martinは他のアーティストや録音業界全体についても書いている。それこそがAll You Need Is EarsをThe Beatles棚だけでなく、プロダクションの棚にも置く理由の一つだ。彼のThe Beatles以前と以後の仕事を通して、技術と商業が急速に変化していた時代に、レコード・プロデューサーという職業がどのようなものだったかが見えてくる。プロデューサーはコメディ、ポップ、クラシック、その他の形式を行き来し、別の文脈で予想外に役立つ技法や習慣を学ぶことができた。The Beatlesが歴史的中心になったのは、その協働が比類なく成功したからであって、Martinが録音した他のすべてが単なる準備段階だったからではない。この広い職業的フレームはバンド回想録では珍しく、プロデュースを華やかな肩書ではなく仕事として理解したい読者に役立つ。
回顧の巨大装置が完成する前に書かれた回想録
1979年という刊行年は、本書に特別な歴史的位置を与えている。Martinが書いたのはThe Beatles解散から10年も経たない頃で、John Lennonはまだ生きており、Anthologyプロジェクトや数十年にわたるアーカイブ公開、現代のBeatles研究が大衆の記憶を作り替えるずっと前だった。この近さによって、のちのドキュメンタリーやインタビューによって磨き直される前の解釈が残されている可能性がある。同時に、明白な限界も生む。後年の重要資料は存在せず、一部の記憶はその後の証拠と衝突する可能性があり、Martin自身も後年にはここで示した考えを修正あるいは補足できたかもしれない。したがって本書は、EMIで何が起きたかについての「プロデューサーによる最終判決」ではなく、中心的な職業当事者による早い時期の回顧として扱うべきである。
特に優れている点
この回想録はGeorge Martinを肩書ではなく、職業人として説明してくれる。The Beatles以前の訓練が後年の協働に直接つながり、20世紀中盤の英国録音においてプロデューサーが実際に何をしていたのかを分かりやすく示す。一般的に記録される米国初版は図版込みで約285ページとされ、現代の巨大なBeatles史の多くよりはるかに取り組みやすい。比較的早い時期に刊行されたことも別の価値を生む。後年の神話やアーカイブによる修正が固まりきる前の語りを聞くことができるからだ。RetroForgeにとっては、Beatles史、編曲、コメディ録音、EMI文化、そしてプロデューサーとエンジニアの関係の変化をつなぐ、非常に自然な橋にもなる。
注意点
1979年の回想録に、その後何十年分もの資料が含まれるはずはなく、技術解説も拡大したアーカイブを基にする専門的スタジオ研究には及ばない。Martin自身の役割は当然ながら彼の語りの中で中心となる。それはEmerickの回想録でエンジニアの役割が中心になるのと同じだ。後年、特定のアイデアを誰が出したかについて争いがある場合、読者はプロデューサーの記憶を自動的な判決にせず、セッション資料や他の当事者の証言と比較すべきである。また、本書は比較的コンパクトなので、Beatlesの録音を日単位で網羅した情報が必要な読者にはLewisohnが必要になる。本書の強みは専門家としての視点と説明にあり、アーカイブの完全性ではない。
こんな人におすすめ
プロダクションに関心のあるBeatlesファンが最も自然な読者だが、EMI文化や、編曲・プロデュース・エンジニアリングの実務的な違いを理解したい人にも有用だ。MartinのThe Beatles以前の仕事を知ると、正式な音楽教育が、しばしば記譜の枠を超えた直感を持つミュージシャンたちにとって、なぜ強力な資産になったかが分かる。分量も扱いやすく、大型セッション資料へ進む前の最初のプロデューサー回想録として適している。EmerickとLewisohnと並べて読めば、記憶、職業上の役割、文書記録という有用な三角形の一角になる。
版について
本書は1979年に英国ではMacmillan、米国ではSt. Martin's Pressから初版が刊行された。米国版は図版を含めて285ページと記録されることが多く、1990年代以降にも再版されている。刊行年が新しいというだけで、大幅な現代改訂版だと見なしてはいけない。
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刊行年が新しいだけで大幅な現代改訂版だとは考えないこと。明示的な根拠がない限り、後年の版は再版として扱う。
