アルバム概要
このアルバムの価値
このアルバムが重要な理由
『Tago Mago』はCanを即興バンドであると同時にスタジオの有機体として提示します。第1ディスクでは反復が推進力へ変わります。Jaki Liebezeitが脈動を固定し、ベース、ギター、鍵盤、Damo Suzukiの声が表面を絶えず変化。第2ディスクは録音された演奏を編集、加工、ほぼ抽象へ押し進め、終曲で壊れやすい均衡を取り戻します。
全編をSuzukiと制作した最初のCanアルバムであり、グループ初の2枚組LPです。グルーヴと実験の二者択一を拒むことで射程を得ました。「Halleluwah」は18分以上ビートを維持しながら停滞せず、「Aumgn」と「Peking O」はテープ、ノイズ、声を作曲素材として扱います。Spoon Recordsは、ポストパンク、電子音楽、オルタナティヴ・ロックの後続アーティストから最も頻繁に言及されたCan作品と位置づけます。
テープが回る前
歴史と録音背景
Suzukiは1970年、CzukayとLiebezeitがMunichで路上演奏中の彼に出会った後Canへ加入し、その夜にグループと共演しました。1971年までに編成は、長い演奏を後からアルバム形式へ形づくる集団的方法を発展させていました。
セッションはSchloss Nörvenichで行われ、バンドは通常の商業スタジオの時間割の外で作業しました。Czukayの編集は決定的です。一つの完全な演奏を記録するのでなく、完成曲は集団即興の最良の区間を組み合わせつつ、連続する発見の感覚を保てました。
演奏者と制作
参加者と楽器
Damo Suzuki
ヴォーカル
旋律、呪文、語りに似た断片、主にリズムから力を得る音を行き来します。
Michael Karoli
ギター、ヴァイオリン
中心の脈動を混雑させず、明瞭な反復、酸味あるリード音、弓の色彩を使います。
Holger Czukay
ベース、録音、テープ編集
アンサンブルを固定し、長い演奏をアルバムの完成した構造へ形づくります。
Irmin Schmidt
鍵盤、声
オルガン、エレクトリック・ピアノ、電子音、「Aumgn」の声/ドローン構築を加えます。
Jaki Liebezeit
ドラム、打楽器
正確な反復細胞を維持しつつ、タッチ、強調、内部の細部を変えます。
聴きどころ
サウンド
リズム隊は硬直せず安定した床をつくります。Liebezeitの反復音型には重みの微細な移動があり、CzukayはKaroliとSchmidtへ空間を残す短いベース細胞を弾くことが多くあります。脈動が非常に確かなため、Suzukiは小節線をまたいで句を置き、上声の楽器は歌曲伴奏から質感へ移れます。
後半がスタジオ方法を最も明瞭に示します。逆回転、フィルター、テープ速度、モンタージュが身体の時間感覚を乱します。それでも最も奇妙な区間にも強弱への注意があります。「Aumgn」は共鳴と距離から育ち、「Peking O」は声と電子音の出来事で枠を過負荷にし、「Bring Me Coffee or Tea」は先の旅がなかったふりをせずアンサンブル演奏へ戻ります。
オリジナル曲順
全曲ガイド
Paperhouse
作曲:Can
浮遊するギター音型と緩い声の冒頭が、徐々に確かなリズム中心を獲得します。バンドは通常の劇的な合図なしに加速し、質感を解体して再形成。Karoliのギターは同じ区間で旋律的、打楽器的、摩擦的になれます。この曲が本作の基本文法を教えます。集団変化はヴァース/コーラスの指示でなく、脈動の周囲で起こります。
Mushroom
作曲:Can
より短く凝縮された「Mushroom」は、Suzukiの切り詰めた句を乾いて忍び寄るビートへ対置します。突然のスタジオ撹乱により、リズムが一定でも演奏は不安定に感じられます。簡潔な形式が、A面を途切れない一つの拡散にしません。
Oh Yeah
作曲:Can
曲は激動で始まり、その後、本作で最も流動的なグルーヴの一つへ固定されます。Suzukiの逆回転の声が言語を輪郭へ変え、通常の声が戻ってもなお疎外されて聞こえます。Schmidtの鍵盤とKaroliのギターが縁を彩り、ベースとドラムは中心を催眠的なほど簡素に保ちます。
Halleluwah
作曲:Can
Liebezeitは特徴的なドラム音型を18分以上維持しますが、反復は枠組みであって出来事のすべてではありません。Czukayのベース、Karoliのギター、Schmidtの鍵盤の細部、Suzukiの声の介入が、組み合わせを変えながら出入りします。編集が長い過程を独自の劇的曲線を持つ流れへ凝縮。一層が編曲から取り除かれるたび、グルーヴが更新される様子を聴いてください。
Aumgn
作曲:Can
アルバムはアンサンブルのグルーヴから長い電気音響構築へ渡ります。Schmidtの声、ドローン、加工楽器、蓄積する打楽器が、尺度を捉えにくい環境を形成。距離への注意に応える曲です。終盤の打楽器が身体的制御を握る前、音は見かけの前景の後ろ、横、はるか先に現れます。
Peking O
作曲:Can
Suzukiの断片的な声が、リング変調したオルガン、エレクトリック・ピアノ音型、急速に変わる電子的質感の場へ入ります。一つの動機を辛抱強く発展させず、競合する信号の神経質なモンタージュのように振る舞います。過剰さは意図的で、第1ディスクのグルーヴを期待する聴き手にとって2枚組で最も鋭い試練になります。
Bring Me Coffee or Tea
作曲:Can
終曲は認識できる集団の応酬へ戻りますが、揺れる拍子と不穏な声が解決を手の届かない所へ保ちます。Karoliの線は前後へ傾くようなリズムの上を伸びます。テープを多用した極端さの後、演奏の人間的尺度が新たに奇妙で、予想外に優しく感じられます。
発想と空気
主題とコンセプト
『Tago Mago』は物語型コンセプト・アルバムではありません。統一感は変容から生まれます。歌曲がジャムになり、ジャムが編集形式になり、編集形式が音響コラージュへ近づきます。Suzukiの言葉は安定した説明文より、音声的、感情的素材として働くことが多くあります。
曲順は広がり続けるグルーヴから心理的な方向喪失へ進み、部分的に帰還します。その弧は聞き取れますが、アーティストが確認した筋書きと誤認すべきではありません。
ジャケット
カヴァーアートと提示
ドイツ・オリジナル盤と後の英国での提示は異なり、40周年版は1971年以来初めて英国オリジナルのアートワークを明示的に復元しました。変化するジャケット史は、本作に誰もが共通して出会った唯一の物理的イメージがないことを思い出させます。
2枚組LPの形式は設計の一部です。各面が大きな作曲単位として働き、「Halleluwah」から「Aumgn」への面返しを音楽的であると同時に物理的な境界にします。
発売時
発売と当時の評価
United Artistsが1971年に発売した『Tago Mago』は、Canがドイツ国外で批評的注目を得る助けとなりました。Spoon Recordsの歴史は1970–72年をグループの突破期とし、本作が国内だけでなく英国とフランスでも注目を集めたとします。
長さと実験的な第2ディスクにより、通常の商業的商品にはなりませんでした。代わりに批評家の支持と音楽家の熱意を通じて広がり、徐々にCanの国際的評価の中心的な参照点となりました。
初版以後
評価と遺産
Spoon Recordsの記念資料はCanまたは『Tago Mago』へ言及したアーティストとして、John Lydon、The Fall、Sonic Youth、Radiohead、Queens of the Stone Ageらを挙げます。全員が同じ特徴を模倣したのではありません。規律ある反復を受け取る者、編集中心の構築を受け取る者、ロック形式内へノイズを置く許可を受け取る者がいました。
それらの方法が分離不能だからこそ、本作は今も有用です。生のジャム集でも、受動的な奏者へプロデューサーが押しつけたコラージュでもありません。演奏と編集が一つの作曲過程になれる方法を扱うレコードです。
どの版を選ぶ?
各版と試聴上の注意
標準の全7曲2枚組が必須の出発点です。Spoon/Muteの40周年版はその曲順を保ち、1972年のライヴ素材を別ディスクとして追加。スタジオ構築とバンドの舞台上の実践を比較できます。
長尺曲の抜粋から始めないでください。密度の変化は持続を通して意味を持ち、とりわけLP片面全体に及ぶ「Halleluwah」と「Aumgn」で重要です。
実践的な入口
おすすめの試聴順路
調査資料
出典と参考資料
- Can:公式バンド史Spoon Records、結成、録音背景、当時の評価
- 『Tago Mago』アーカイヴ:曲目、作曲、参加者クレジットSpoon Records、Can公式アーカイヴ
- 『Tago Mago』40周年版プレスリリースSpoon Records/Mute、2011年