作品
基本情報
- アーティスト
- Moby Grape
- 発売
- 1968年4月
- アルバム
- 第2スタジオ・アルバム
- オリジナル曲数
- 12曲
- レーベル
- Columbia
- 原盤構成
- 独立したLP『Grape Jam』とのセット販売
重要な理由
簡潔なバンドが、どこまでスタジオ劇を抱えられるか試す
『Wow』が重要なのは、Moby Grapeがデビュー作の均衡を繰り返そうとしなかったからだ。同じ5人の簡潔な曲作りが、管弦楽、効果音、変声、時代風パスティーシュ、より広い形式へ投じられる。
過剰作という評判には、Just Like Gene Autry: A FoxtrotやFunky-Tunkを筆頭に実際の選択が根拠としてある。ただし介入は力強いバンド演奏の間の特定位置に置かれ、LP全体でバンドを置き換えてはいない。
著作はなお分散している。MillerとStevensonがロック/ブルースの骨格を作り、MosleyはBitter Wind、Three-Four、Rose Colored Eyes、LewisはHe、SpenceはMotorcycle Irene、Funky-Tunk、フォックストロット実験を持ち込む。
Murder in My Heart for the JudgeとCan’t Be So Badは、元来のリズムとギターの攻撃性が残った証拠だ。重いグルーヴにより周囲の弦、管、コラージュは恒久的な新様式でなく対照として聞こえる。
『Grape Jam』との包装上の関係は歴史的に重要だ。購入者は1枚組よりわずかに高い価格で両方を得たが、『Wow』は構成された12曲作、『Grape Jam』は即興中心の5曲の姉妹盤である。
Just Like Gene Autryの78回転マスタリングは、再生形式そのものを作曲の一部にする。通常の33⅓回転面を中断し、効果を受け取るだけでなく聴き手に機械を操作させる冗談だ。
『Wow』は、原編成5人が緊張へ向かう時点も記録するが、音の細部すべてへ憶測的心理を当てはめる必要はない。5人の作者はまだ曲を出している一方、制作は一つの速い流れへ圧縮せず差異を拡大する。
1967~1968年のセッション
デビュー作後、野心は両海岸へ広がる
『Wow』に結びつくセッションは、宣伝を集中したデビュー作発売後の1967年8月末から1968年2月初頭まで続いた。録音はロサンゼルスと、かなりの部分をニューヨークで行った。
David Rubinsonが再び制作し、管弦楽編曲にも名を連ねた。Glen KolotkinとDon Puluseが録音を担当し、Joey Scottも管弦楽編曲を分担した。
演奏の中核はPeter Lewis、Jerry Miller、Bob Mosley、Skip Spence、Don Stevensonのまま。3本のギター、ベース、ドラム、5つの声という基本役割が、拡張された制作の下で続く。
Arthur GodfreyはJust Like Gene Autry: A Foxtrotで導入とウクレレを担当し、Lou Waxmanのオーケストラと演奏する。曲限定のゲスト構成であり、交代編成ではない。
Columbiaは1968年4月にカタログ番号CS 9613で『Wow』を発売。全12曲LPは、MGS 1の『Grape Jam』と組み、破格の価値をうたう2枚組企画として販売された。
姉妹盤形式のため後年のディスコグラフィーは題名を『Wow/Grape Jam』と統合することがある。しかし原物と音楽プログラムは、別ジャケット、別ラベル、別曲目、別の編集目的として区別できる。
セッションからは後年発表曲や再発追加曲も生まれた。この公開ガイドでは、それらを原盤12曲の境界外に置く。
5人組とゲスト
Rubinsonの拡大制作に入ったオリジナル5人
LewisのHeは、制作上の派手な動きの中へ慎重に宙づりされたバラードを置く。抑えたギターと歌により、管弦楽色は風刺でなく支えとして働く。
MillerのリードはMurder in My Heart for the Judge、Can’t Be So Bad、Miller’s Bluesでも中心だ。周囲でジャンルと制作手法が変わっても、フレージングが作品へ連続した器楽的個性を与える。
Mosleyのベースは管、弦、効果を含む編曲を固定し、作曲は荒天のBitter Windから遅い3拍子のThree-Four、内省的なRose Colored Eyesまで広がる。
Spenceは人物像と撹乱へ作品を押す。Motorcycle Ireneは簡潔な肖像、Funky-Tunkは声の表面を変え、Just Like Gene Autryは古風な放送様式の中へロック・バンドを一時停止させる。
Stevensonは重い曲にも動きを保ち、冒頭2曲とCan’t Be So BadをMillerと共作する。ドラムのアクセントが、拡大制作の下でもデビュー作の身体的直接性を残す。
Rubinsonの役割はデビュー作以上に聞こえる。管弦楽、曲順、効果、対照的な楽団の扱いにより、制作そのものが『Wow』で繰り返す声の一つとなる。
GodfreyとWaxman楽団は、形式上限定された冗談のために登場する。次の面が珍奇なレビューを続けず中核バンドへ戻るからこそ、その存在は歴史的に際立つ。
スタジオでの拡張
管弦楽、コラージュ、ルーツ・パロディ、残されたギター細部
『Wow』はまず、Moby Grapeがなお簡潔な集団演奏を届けられると示す。The Place and the Timeのギターと歌の勢いに続き、Murder in My Heart for the Judgeがグルーヴを深める。
Bitter Windは和声、強弱、終盤のコラージュでフォーク・ロックを拡張する。スタジオは曲を飾るだけでなく、その感情の天候を乱す。
Can’t Be So Badは強くスウィングするバンドの土台へ管の力を加える。衝撃を拡大しながら、運動の責任はベース、ドラム、ギターに残す。
Just Like Gene Autryはジャンルだけでなく媒体も変える。語り、ウクレレ、ダンス楽団、78回転マスタリングが、1968年のロック作内で古い娯楽技術を再現する。
HeはB面を旋律的な静けさの回復から始める。弦と和声がLewisのバラードを広げる一方、曲の中心は人間的な大きさに保たれる。
Motorcycle Ireneは、フォックストロットの概念装置でなく、堅い拍と素早いイメージで電気的な人物スケッチへ戻る。
Three-Fourは題名で拍子を宣言し、Mosleyに遅く長い形式を探らせる。5分の長さは、デビュー作の大半より旋律とギター細部へ広い余地を与える。
Funky-Tunkは変調した高い声と誇張したカントリー作法を表面の喜劇にする。意図的な人工性により、ルーツ様式そのものを演じる演技となる。
Rose Colored Eyesは戯画を、辛抱強いフォーク・ロックと密接な和声へ置き換える。編曲が無理に頂点を作らないため、大きなスタジオ色の中でも感情の曖昧さが残る。
Miller’s Bluesは作品中最長の地に足のついたブルース声明で、51秒のNaked, If I Want Toはデビュー作の素材を露出した終章として戻す。
作品の統一は対照の管理にある。バンド曲、管弦楽曲、効果は一つの質感へ溶けず、その切断面自体が設計となる。
全曲ガイド
意図的な12の衝突
The Place and the Time
MillerとStevensonは、体験を状況へ結びつける題名の直接的なバンド演奏で開く。重なるギターと簡潔な声の動きはデビュー作の規律を思わせるが、広がった制作枠が馴染みの技を予測しにくい場所へ置くと告げる。
Murder in My Heart for the Judge
硬いグルーヴが法と道徳の対立を通じ怒りを運ぶ。Mosleyのベース、Stevensonのドラム、Millerのギターがジャムへ引き延ばさず身体的な威圧を作る。『Wow』の中核バンドが健在だった最も明瞭な証拠の一つだ。
Bitter Wind
Mosleyは暗いフォーク・ロックを書き、和声と強弱の上昇で天候を感情圧へ変える。終盤のスタジオ・コラージュはバンドの枠を破り、整った解決を拒む。美と撹乱が珍曲面/真面目面へ分離せず一曲に同居する。
Can’t Be So Bad
MillerとStevensonは管で補強したスウィングするロック構造を作る。ブラスはグルーヴを重くせず句読点を打ち、推進はギターとリズム隊が担う。弱い演奏を楽団で隠したのではなく、拡張されたMoby Grapeだ。
Just Like Gene Autry: A Foxtrot
Arthur Godfreyの語りとウクレレから、Spence作の時代風フォックストロットを奏でるLou Waxmanのダンス楽団へ進む。当時の聴き手はターンテーブルを78回転へ変える必要があった。再生儀式、放送への郷愁、意図的中断を一つの手の込んだ冗談にする。
He
Lewisは落ち着いた旋律バラードでB面を開く。和声と編曲色が静かな中心を消さず深める。フォックストロットの劇的距離の後で直接的感情を戻し、制作が奇抜さ同様に抑制も枠付けられると示す。
Motorcycle Irene
Spenceは素早い像、頑丈なリズム、電気的な機知でバイカーの部外者を描く。笑いはスタジオ技巧でなく人物から生まれ、Funky-Tunkの好対照となる。短い形式は『Wow』の誇張趣味を残しつつデビュー作の速度を取り戻す。
Three-Four
Mosleyは3拍子を軸に、編曲へ5分の呼吸を与える。ベースとドラムが循環を刻み、ギターが旋律的応答をその上へ伸ばす。この辛抱強さはデビュー作の圧縮とも『Grape Jam』の開放即興とも異なる。
Funky-Tunk
Spenceはカントリーのリズム、滑稽な言葉、目立って変調した高音声を使う。人工声によりジャンル模倣を記録的ルーツ音楽と取り違えられない。Mosleyの感情的に真剣な2曲の間へ置かれたスタジオ漫画だ。
Rose Colored Eyes
Mosleyの内省曲は和声と節度ある器楽細部で、理想化された知覚を問う。編曲は辛抱強く、題名の楽観を曖昧なままにする。Funky-Tunkの戯画後に作為のない声が戻り、尺度を回復したように響く。
Miller’s Blues
MillerとMosleyは遅いギター中心のブルースで長尺本編を閉じる。長さによりMillerのフレーズとMosleyの重量が管弦楽の覆いなしに育つ。土臭さが度重なる様式逸脱後の作品をまとめる。
Naked, If I Want To
51秒のMiller小品が『Wow』の終章としてデビュー作から戻る。むき出しのアコースティックな単純さは1967年以来の追加物への注釈となり、楽団、管、変声、コラージュが消え、個人的自由の簡潔な宣言だけが残る。
12の視点
裁き、記憶、部外者、不安定な郷愁
裁きは社会的・個人的な形で反復する。Murder in My Heart for the Judgeは法的権威を名指しし、Can’t Be So Badは道徳的非難を交渉し、Rose Colored Eyesは知覚自体の信頼性を問う。
場所と時間は固定でなく不安定だ。冒頭曲は両者を直接名指しし、Bitter Windは感情の天候を変え、フォックストロットは聴き手を捏造された放送の過去へ運ぶ。
部外者が作品を満たす。Motorcycle Ireneは運動と評判の中で生き、Funky-Tunkは意図的に人工的なカントリー人物を提示する。
郷愁は優しさと疑いの両方で扱われる。Heは誠実な旋律記憶を許し、Just Like Gene Autryは古い娯楽を機械操作の参加が必要な劇へ変える。
Mosleyの3曲は脅威から節度ある不安定さを経て内省的視覚へ進む。拍子と編曲の違いが、彼の作曲を一つの気分の反復にしない。
Spenceの曲は演技を通じて個性を試す。Ireneは人物、Funky-Tunkは仮面、フォックストロットは借用した媒体全体だ。
Naked, If I Want Toの帰還は露出を最終主題にする。追加と偽装を重ねた作品の末で、最短曲は装置を外すことが自由の音になり得ると主張する。
『Wow』は物語型コンセプト作ではない。本物のバンド力を意図的な人工性の隣へ置き、演技がどこで終わるか問うことが概念的統一を作る。
Columbia CS 9613
コラージュ・ジャケット、姉妹盤、78回転の指示
Bob Catoが『Wow』包装のコラージュとデザインを担当。視覚構成は、様式と技術の急な対照から組み上げた作品に合う。
当初の購入者は、統合企画の中で『Wow』と『Grape Jam』を別ジャケットで受け取った。Columbiaは追加盤が標準アルバムより1ドル高いだけと宣伝した。
『Wow』の12曲はColumbia CS 9613、『Grape Jam』の5曲はMGS 1に属する。物理的な束ね方は、別個の個性を消さず関係を説明する。
Just Like Gene Autryには原盤構成で78回転再生の指示があった。意図した声と楽団を聞くには正しい速度が必要だ。
原盤の面替えはフォックストロット後。速度を変え、盤を裏返し、33⅓回転へ戻す行為がHeへの移行の一部となる。
現代の1枚再発はNaked, If I Want To後へ6曲を足すことが多い。追加曲はセッションを広げるが、明快な原盤12曲の輪郭を変える。
1968年4月
期待の重圧下にあった1968年4月
Columbiaは1968年4月にMoby Grapeの第2スタジオ作として『Wow』を発売。原盤は全12曲で、収録時間は38分を少し超える。
大々的に宣伝した『Wow/Grape Jam』企画は続編へ大きな商業的可視性を与えたが、批評上の失望とも共存した。
デビュー作が生んだ期待が受容を形作った。その簡潔さを評価した批評家は、管弦楽、喜劇、コラージュをバンドの主な強みから逸らすものと聞きがちだった。
当時の批評もMurder in My Heart for the Judge、Three-Four、Motorcycle Ireneなど個々の強い曲を認めた。賛否の反応は後年の再評価だけでなく発売当初の歴史に属する。
廉価な姉妹盤は構成曲と開放ジャムを同時に届け、評価を複雑にした。後年の要約は『Grape Jam』の素材まで『Wow』の責任にしたり、束を連続した2枚組として論じたりする。
本ガイドはまず『Wow』全12曲の曲順を評価する。その境界によって、過剰さも規律あるバンド演奏も正確に聞き取りやすくなる。
難しい続編
過剰という評判以上に、細部には一貫性がある
『Wow』はMoby Grape史の難しい続編だが、難点は一様でなく具体的だ。フォックストロットと変声は、デビュー作のギター、和声、作曲の強みを伸ばす曲と共存する。
スタジオへの野心は、1967年後にロック・アルバムへの期待が急変したことを記録する。Moby Grapeは制作、形式、パロディを作曲素材として扱った。
12曲にオリジナル5人の作者を保ちながら、各人の方法はさらに離れる。その幅が魅力であり、デビュー作の自然な流れを欠く理由でもある。
Murder in My Heart for the JudgeとCan’t Be So Badは硬派なバンドの持続的実例となり、He、Three-Four、Rose Colored Eyesは旋律的/カントリー・フォーク的側面を守る。
78回転フォックストロットは、レコード再生を使った歴史的に独特な試みだ。デジタル版は音声を再現できても、聴き手に必要だった介入までは完全に再現できない。
『Grape Jam』は即興の開放性により『Wow』の重層構築とは別の問いへ答えるため、独立ガイドに値する。分けて扱うほど両作の歴史は明瞭になる。
Naked, If I Want Toは簡潔な回顧の身振りとなる。デビュー作の小品を最後に再利用し、以前の作品を認めながら、その均衡を単純に反復できるとは装わない。
拡張版は別テイクやSeeingなどの曲を明らかにするが、原盤LPの編集上の主張は51秒の終章後で終わる。
オリジナル構成
『Wow』、『Grape Jam』、後年追加6曲を分ける
原盤『Wow』は全12曲でNaked, If I Want Toが終点。『Grape Jam』は独立した姉妹盤で、『Wow』の13~17曲目ではない。原盤Just Like Gene Autryは78回転で再生し、B面は33⅓回転へ戻す。拡張デジタル版は本編後へ6曲を置く。
均衡のよい音源は管と弦の下にバンドの低域力を保つべきだ。管弦楽フォックストロットにはArthur GodfreyとLou Waxman楽団が参加する。曲別証拠なしに『Grape Jam』のゲストAl KooperとMike Bloomfieldを『Wow』全12曲へ割り当ててはならない。
原盤の面替えはJust Like Gene Autry後。Miller’s BluesとNaked, If I Want Toが地に足のついた長尺終曲と短い終章を作る。『Wow/Grape Jam』のような後年の統合題は包装史であり、一続きの曲順を意味しない。
聴き方の道筋
バンド曲とスタジオ介入を交互に聴く
- 冒頭4曲を、拡張していくバンド組曲として聴く。
- 78回転フォックストロットを意図的な形式断絶として扱う。
- HeとMotorcycle Ireneで、異なる二つの曲尺度への帰還を聴く。
- Three-Four、Funky-Tunk、Rose Colored Eyesを三つの異なる作者世界として対照する。
- むき出しの終章前に、Miller’s Bluesで作品を着地させる。
調査経路
出典と参考資料
- 『Wow』の曲目、日付、クレジット、批評 — AllMusic
- 『Wow』原盤の発売記録 — MusicBrainz
- 『Wow』拡張デジタル版の曲目 — Spotify / Sony BMG
- Moby Grapeのカタログと参加者概要 — AllMusic
- 『Wow』当時評と5枚同時シングルの背景 — The New Yorker
- 『Wow/Grape Jam』発売当時のColumbia広告 — Billboardアーカイブ