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フレーム 005Celebration at Big Sur1971
上映室 · 映画 005

Celebration at Big Sur

一つの上映時間がすべての版に共通すると示唆しないこと。AFI は複数の同時代上映時間を保持している。

監督Baird Bryant and Johanna Demetrakas
映画年1971
上映時間AFI は当時の異なる上映時間として80分、82分、85分を記録している。現代の資料では約82分がよく用いられる
United States
アーカイブ分類Folk-Rock / Festival Film / Laurel Canyon / Counterculture

Woodstock の後、しかし1969年の物語が固まる前

Celebration at Big Sur の時期は、ほとんど出来すぎている。

Esalen Institute で撮影された Big Sur Folk Festival は1969年9月に開催された。Woodstock からわずか数週間後であり、Altamont はまだ数か月先だった。後世はこれらの出来事を巨大な象徴的標識へ変えることになるが、Big Sur にいた人々は、物語がまだ整理されていない狭い時間帯を生きていた。

それが、この映画がこれほど示唆に富む理由の一つである。観客数は何十万人ではなく数千人規模。風景そのものが見える。出演者と観客は、カメラがまだ人間的な尺度として理解できる空間を共有している。Pacific coast は単に別のフェスティバルの背景ではない。集まり全体の幾何学を変えている。

Baird Bryant と Johanna Demetrakas は、群衆が事実上ひとつの都市になった Woodstock で Michael Wadleigh が直面した問題を解決する必要がない。Big Sur はまだ一つの部屋のように感じられる。壁が崖、海、空でできた部屋ではあるが。

その違いは美学だけではない。見えるものそのものが変わる。

Esalen が親密さを可能にし、親密さが壮大さ以上のものを露出させる

Esalen Institute は Big Sur 沿岸の壮観な場所にあり、フェスティバルとその景観の関係は映画の中心にある。ミュージシャンは巨大な工業的ステージへ隔離されず、環境の中に存在している。芝生、プール、海、周囲の地形が繰り返し映り、これはアリーナ・コンサートを屋外へ移しただけのものではないと観客に思い出させる。

AFI は観客数を約5,000人と記録している。全員を正確に数えられたかどうかより、規模の桁が重要だ。その人数なら共同体としてのエネルギーを生むには十分大きく、それでも個々の人間を見分けられるほど小さい。

カメラは会話、リハーサル、子どもたち、他の参加者と混じり合うミュージシャン、そしてイベントの端が地平線の向こうへ消えていないからこそ成立する独特の社会的な気安さを捉えられる。それによって Celebration at Big Sur は、フェスティバル史を主に「拡大の歴史」と考える見方への有益な修正になる。

大きいことが、いつもより多くを見せてくれるわけではない。

Woodstock の規模は、その映画に大衆社会を観察する力を与える。Big Sur の小さな規模は、カメラに近接性を観察する力を与える。アーティストたちは有名だが、名声によって観客の周囲の社会空間から完全に切り離されるところまでは、まだ進んでいない。

舞台裏コンパウンド、認証区域、高くそびえるステージによって距離が強制される現代のフェスティバル映像から来た観客にとって、この近さこそ作品で最も奇妙に感じられる部分かもしれない。

Joni Mitchell は、自分が参加しなかったフェスティバルの記憶を歌う

映画の中で、Joni Mitchell が “Woodstock” を歌う場面ほど多くの歴史が折り重なっている瞬間は少ない。

Mitchell が Woodstock festival そのものには出演しなかったことはよく知られている。それでも彼女がそのイベントについて書いた曲は、Woodstock が記憶される方法を形作った代表的な音楽作品の一つになった。Crosby, Stills, Nash & Young が自身の版を録音したことで、その影響はさらに大きくなった。

Big Sur では、その歌が、歌詞の対象となった出来事からわずか数週間後、別の現実のフェスティバル空間へ入ってくる。

そのため、聴こえ方が変わる。“Woodstock” はすでに記憶だ。しかしその記憶は、文化が Woodstock の意味を決める時間をほとんど持たないうちに演奏されている。この歌は Mitchell が間接的に経験した出来事を、所属感と世代的アイデンティティについての神話的声明へ変え、その声明を国の反対側で関連した儀式に参加している別の群衆の前へ置く。

1969年が、どれほど早く自分自身を物語にし始めたかを示す驚くべき例だ。

カメラが記録しているのは singer-songwriter だけではない。出来事、歌、文化的記憶が互いを養い始める速度そのものを撮っている。Woodstock はすでに Bethel の野原を抜け出し、Big Sur まで運べる「アイデア」になっていた。

Joan Baez は別の意味でこの場所に属している

Joan Baez の存在は、また別の重みを持つ。Esalen 自身の歴史資料は彼女を Institute のより長い音楽史の中に位置づけているため、彼女は一回限りの出演枠のために飛んできたスターとしてだけ現れるわけではない。

1969年のフェスティバル当時に妊娠していた Baez は、folk music、政治活動、nonviolence によって形作られた公共的アイデンティティを持っている。彼女の存在は、1960年代後半を歪んだギターとサイケデリックなスペクタクル中心に記憶すると見失われがちな、カウンターカルチャーの一つの系譜を可視化する。

Big Sur には folk、gospel、共同の歌唱、singer-songwriter の親密さ、Pacific-coast の精神文化の一端があり、その隣には Crosby, Stills, Nash & Young が代表する成長中の rock-star culture がある。これらの世界の境界は透過的だった。CSNY は親密なハーモニー歌唱と急速に拡大するセレブリティを同時に体現できた。

映画は、イベントを実際以上に統一的に見せることを拒むことで豊かになる。10年の終わりの California 音楽文化には、政治的 folk tradition、gospel の影響、psychedelic の残響、singer-songwriter の内省、そしてますます職業化する rock career が同時に存在していた。Big Sur はそれらを一つに集めるが、一つのジャンルへ押し込まない。

それが RetroForge にとって、この映画を特に豊かなものにする。一つの場面から Laurel Canyon、Joan Baez、Joni Mitchell、CSNY、folk-rock、protest music、gospel、そしてカウンターカルチャーの親密な空間が国際的スターを生み始めたとき何が起きたのか、という大きな問いへ自然につながる。

歴史的映画は、完璧な映画である必要はない

Celebration at Big Sur は1971年の公開時、万人から高く評価されたわけではない。AFI は、批評家が Woodstock と比較して否定的に論じ、緩い構成や、歌詞を字義的または加工された映像で説明する視覚的手法を批判した受容史を保存している。Newsday の批評は撮影、編集、音声に特に厳しかった一方、同時代の Los Angeles Free Press は映画の温かさと親密さを評価した。

この意見の違いは残す価値がある。歴史的重要性は、やがてニスのように作品を覆うからだ。ある映画が時代を代表するものとして十分長く生き残ると、書き手はすべての芸術的判断が実は素晴らしかったかのように扱いたくなる。

Celebration at Big Sur の一部の光学効果は、明らかにその時代のものだ。音も一貫して理想的ではない。構成は、Woodstock の巨大な建築的制御や、Gimme Shelter のますます恐ろしくなる回顧的な設計には届かない。

しかし時間の経過は、映画が含んでいるものの価値を変えた。Woodstock の巨大なスペクタクルに比べて劇的に控えめに見えたかもしれない映像が、今では Woodstock には残せなかったものを保存している。有名なミュージシャンが、社会的関係をまだ見ることのできる規模のフェスティバル空間に住んでいる姿だ。

したがって、映画の緩さは芸術的弱点であると同時に、ドキュメンタリーとしての強みでもあり得る。歴史が映像の中に生き残るために、編集が完璧である必要はない。

後に道徳劇へ変えられた California の三か月

Big Sur が Woodstock と Altamont の間にあったため、この三つを整った物語へ並べたくなる誘惑は強い。

Woodstock が夢になる。

Big Sur が余韻になる。

Altamont が悪夢になる。

美しい構造だ。そして歴史の代わりとしては貧弱だ。

各イベントにはそれぞれ固有の事情があった。Woodstock にはユートピア神話が許す以上の混乱があった。Big Sur は二つの有名なフェスティバルの間にある無垢な休止ではない。Altamont が アメリカ社会に暴力を突然持ち込んだわけでもない。

それでも、三作の映画があまりに違うからこそ、この時系列は優れた鑑賞ルートになる。Woodstock は、自身の巨大さを生き延びるために必要なシステムを即興で作る巨大な集まりを描く。Celebration at Big Sur は音楽をより理解可能な風景へ戻し、アーティストと観客が物理的に近いままでいる。Gimme Shelter は無料コンサートへ向かい、そこで舞台周辺の空間が危険なほど不安定になる。

並べて見ると、これらの映画は 盛衰の物語にはならない。フェスティバルの性格が、地理、規模、運営、期待、そして後から行われる映画的選択にどれほど左右されるかを示す。

その方が、「60年代が予定どおり死んだ」というもう一つの伝説よりはるかに面白い。

小さな映画は、より希少な証拠になった

有名なイベント映画が生き残っていると、過去は包括的に撮影されたという錯覚が生まれる。実際にはそうではなかった。

Woodstock の映像はどこにでもある。Monterey のアイコンは果てしなく繰り返される。Altamont は何十年もドキュメンタリーや歴史番組で再生されてきた。Big Sur はそれほど馴染み深くない。だからこそ、その普通の細部が異様に価値を持つ。

映画は Esalen の風景、服装、身振り、観客の行動、そして後の名声によって比較的親密な集まりの中を歩いていた姿を想像しにくくなったアーティストたちの演奏を保存している。また、Woodstock の神話が、1969年という年自体がまだ進行しているうちに歌や会話へ入り込んでいく地点も捉えている。

そのため Celebration at Big Sur は、より有名なフェスティバル映画の付録以上の存在になる。その価値の一部は、1960年代後半のフェスティバル記憶を支配する巨大さを拒むところにある。

最も磨かれたコンサート撮影だけを求める観客なら、他にもっと強い例を見つけられるだろう。音楽、場所、カウンターカルチャーが実際に空間をどう占めていたかに興味がある観客には、代替の利きにくいものがここにある。

この映画がより大きな物語のどこに位置するか

Celebration at Big Sur が1971年4月に New York で公開されたころ、描かれている文化世界はすでに変化し始めていた。The Beatles は解散していた。シンガーソングライターの時代は加速していた。CSNY は大スターになっていた。カウンターカルチャーに付与される政治的・商業的意味も急速に変わっていた。

したがって映画は、わずか18か月前の過去を記録した作品として公開され、その過去はすでに遠く感じられ得た。

この時間の圧縮が、いまでは作品の魅力の一部になっている。私たちは、1969年のどの版が記憶を支配するのかまだ知らない人々を見ている。Joni Mitchell は、Woodstock がまだ heritage ではなく議論として新鮮なうちに “Woodstock” を歌える。Joan Baez は、より古い folk tradition につながるフェスティバル文化の中に立ち、その周囲で ロック・セレブリティが拡大している。Esalen の風景は、ブランド化された目的地のように見えずに音楽を抱えることができる。

Celebration at Big SurWoodstock のような正典的フェスティバル映画になることは、おそらくない。それで構わない。その重要性は、同じ異常な時代から別の規模、別の場所、別の感情温度を保存していることにある。

1960年代後半は、一つの巨大な野原で同じ人々が同じ経験をしていたわけではない。Big Sur がその証拠だ。

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